1章<逃亡> ― 5、休息

 
 「まさか、そんな……」
 泣くだけ泣いて、やっと落ち着いたニレアから何があったのかを聞いて、スフィラは絶句した。
 それは、平凡な日々の中に生きている自分たちにはあり得ないはずの、残忍で、非現実的な話で。
 けれど実際、ギルニーは重傷を負い、ここにいる。
 「スフィラ……」
 泣き出しそうな瞳が力なく俯いた。
 「どうしてこんな事になるの? わかんないよ、私……」
 「……ニレア」
 スフィラはそっとニレアの肩に手をかけた。
 「大丈夫、落ち着くまで、ここでゆっくりしていったらいい。ギルニーも、もうしばらくは絶対安静だし。
  その間、ニレアが手伝いをしてくれたら俺も嬉しいよ。仕分けが終わってない薬草が貯まっちゃってて」
 何だか本気で困っているその表情に思わずくすりと笑うと、スフィラもにこりと笑った。
 「さ、ご飯にしよう。お腹がすくと、悪いことしか考えないからね」

 翌日早朝、薬草を届に街に出かけたスフィラが戻ってきたのは夕方だった。
 「ギルニーはどんな具合?」
 「ん、熱も下がったし、何だか楽になったみたい」
 暖炉の傍に背負って帰ってきた荷物を下ろしながら、
 「おーい、起きれるかい?」
 「なんとか……」
 答えながら身体を起こそうとしたギルニーが、「いちちちち……」と亀のように寝台に突っ伏した。
 「あはは、無理するからだよ」
 「何だよ……、起きれるかッて言ったのはお前じゃないか」
 恨めしそうに反論するギルニー。
 「お前こそ何だよ、重傷の親友を放って街に行っちまうんだから。友達甲斐のない奴だなぁ」
 「言ってろ。俺の看病より、可愛い義妹の看病の方が嬉しいくせに」
 びしいっ! と指差されて、うぐっとギルニーは言葉に詰まり、
 「違うわいっ!」
 ぷいっと横を向いた。その頬は少し赤い。
 「またまた、照れちゃって〜。さ、ニレア、こんなダメダメなお兄ちゃんは放っておいてご飯の支度しよう」
 「う、うんっ」
 ギルニーが照れているのにつられてニレアまで照れてしまった。スフィラのいない1日、ニレアはずっとギルニーの世話をしていて何だかいい雰囲気だったし、それに、ニレアは義兄というだけじゃなく、ギルニーの事を好きだったので。
 真っ赤になって俯いてしまったニレアを見て、「この兄妹は……」と、苦笑いをしながら、スフィラは少し遅目の夕食の支度を始めた。 
 

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